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shiganet
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宇都宮の生家、そして祖母
週末を利用して宇都宮の祖母の家に行った。

特に用事があったわけではなくて、なんとなく祖母の顔を見に行っただけだったのだが、予想外に喜こんでもらえたようだった。

軍人だった曾祖父が戦死し幼い頃に高円寺の生家を手放していた祖父が三十年前に建て、三歳から十歳までの七年間を過ごしたこの家には、現在祖母が独りで住んでいる。

日曜の午前中、庭を散歩しながら写真を撮った。
















帰り際、火事と交通事故にだけは気をつけろと言われた。


サクラチリハルガキタ
今週末、名残惜しそうに今年最後の桜を楽しもうとする人々で、都内の花見スポットは大賑わいだったようだ。

桜が咲くと、熱狂とともに皆一斉に春の訪れに歓喜するが、天邪鬼な僕はわりと桜が散り始め新緑の葉が目立ち始める頃になって初めて、春の訪れを実感する傾向がある。

桜の嫌いな日本人は非国民扱いされたりするほど、日本人はどうしようもなく桜が大好きで、そういう意味では僕も例外に漏れず、桜が咲き始めるといてもたっても居られなくなるという典型的な日本人ではあるが、それゆえ実際、桜が咲き始めている頃には、春の到来をしみじみ噛み締めている余裕などなく、ただただアホらしいほど圧倒的な桜の豪華絢爛さに、自分も桜と同様アホになって騒ぎたてるくらいしか成す術がない。

だが桜が散り始め、都内を流れる川の水面を桜の花びらが埋め尽くす頃になると、桜の圧倒的な魔力も薄れ始め、ようやく正気に戻って春の到来に目を向けられるようになる。

桜の陰に隠れて着実に芽を膨らませている数多の木々を眺めながら、一年の四分の一が過ぎ、新年に誓った今年の抱負はどのくらい実現に近づいたのだろうかなどと、ようやくまともに考える余裕ができるのだ。



昔水泳の短距離選手だった頃に、自分の泳ぐ距離を四分割して考えるクセが身についた。僕が最も得意だった50メートル自由形というのは、26、7秒で勝負がついてしまう超短期決戦型の種目だったため、そういう風に自分なりのマイルストーンを決めておかないと、何も出来ないままあっという間にレースが終わってしまうからだ。

スタートの合図からタイミング良くスタート台を踏み切り、角度に気をつけながら着水し、水面へ浮上して安定したストロークで泳ぎ始めるまでの12.5メートルが第1クウォーター、自分のフォームを確かめながら水に乗りトップスピードまで持っていくのが次の12.5メートルである第2クウォーター、とにかくトップスピードで何も考えずに泳ぎきるのが第3クウォーター、そして体力の限界を超え、気力だけでなんとかゴールまで体中の筋肉を動かし続けるのが最後の第4クウォーターというような具合だ。

これら4つのクウォーターは、もちろんそれぞれ重要なわけだけど、レースに限っていうと、僕はその中でも第2クウォーターを泳いでいる時が最も好きだった。

スタートダッシュには幸運、不運が大きく影響する。どんな一流選手でもフライングをするように、人間が唯一責任逃れ出来るものが運だとすると、第1クウォーターはつまり、自分の力ではどうしようもない、神頼みということになる。
第3クウォーターはトップスピードの戦いだから、それまでの努力や実力勝負で決まってしまうためレース中にはどうすることも出来ないし、第4クウォーターは気力との戦いで戦略を考えたりする余裕はない、むしろ何も考えずに全てのパワーを爆発させる必要がある。

そんななかで唯一第2クウォーターだけは様々な可能性を持っている。スタートダッシュをビシッと決めた選手にも、フライングを恐れてワンテンポ遅れてしまった選手にも、着水に成功した選手にも着水に失敗した選手にも、すべての選手にまだ挽回のチャンスがあるのだ。第3クウォーターで全ての選手がトップスピードに入ってしまう前に、限られた時間の中で自分は何が出来るのか? 自分の現在の状況を加味しながら勝つための最適な泳ぎに調整するのが第2クウォーターだ。

第2クウォーターのレースのやり方に自信が生まれると、必ずといっていいほど次のレースでも良い結果を残せるようになる。
スタートダッシュに失敗しても挽回する自信が生まれるから、思い切ってスタートダッシュを切れるようになるのだ。



桜の季節が過ぎ去ってしまうと毎年想うことがある。


スタートダッシュはうまくいったのかどうか、そして勝つために、今の自分がやるべきことは何かという二つの問いである。

7月最後の日に思うこと


今日は7月最後の日。



7月最後の日が終わって明日になると、当然だけど8月がやってくる。

毎年8月になると、基本的に「アホ」になったもん勝ちな空気感が、社会全体の共通認識となってあちらこちらに漂い始める。



……バカンスの季節だ。





バカンスの季節、それはあるカテゴリの人にとっては、天国の季節であるけれど、また別のカテゴリの人にとっては、とっても憂鬱な季節でもある。



夏休みを使って南の島に飛び、底まで透けて見えるような白砂のビーチで、アロハシャツにバミューダパンツ(死語か…)をはいて、パームツリーの木陰で文庫本片手に一日中デッキチェアに寝転んで、喉が渇いてきたらレゲエのかかる藁葺き屋根のオープンバーまで歩いていって、巨大な南国のフルーツが添えられた原色のトロピカルドリンク片手に、フライフィッシングの話がきっかけで仲良くなった笑顔の素敵な黒人ウェイターと、カウンターで肩を組みながらカメラに向かってピースみたいな、そういうある意味ステレオタイプでわかりやすいバカンスらしいバカンスを過ごさないと、なんだか自分は世界に存在するありとあらゆる楽しいイベントから決定的に隔離されてしまっているような気にさせられてしまう。



ディープ・インパクトなみの群集にあえて同化して、湿度99%の環境にもかかわらず、紙コップに注がれた生温いビールとペラペラのうちわを唯一の頼りに、現地まで出向いて花火大会を眺めてみようと考えてみたり、お父さんの子供の頃には筑波で博覧会があって、感受性の鋭い時期に子供にそういう経験をさせておくってことは、親の責任でもあるんだみたいな意味のわからない盛り上がりから、お盆の真っ只中にもかかわらず、気づいてみたら愛・地球博とついでだからUSJもみたいな感じで、結局人の列に並んでいたことしか記憶に残らないような恐ろしくタイトなスケジュールの家族旅行をついつい企画してしまったり、この時期になってまだ「アホ」になるための具体的なプランやイメージ、そして十分な予算を持てていないカテゴリの人たちには、焦りからか本当にアホなことをやらかしてしまう危険性だってある。



実際のところ、自分が「アホ」になれる時間を発見するのはとても難しい。

今年のバカンス、今のところ自分には「アホ」になるための具体的なプランやイメージはまったくない。それどころかバカンスに充てる物理的な時間があるのかどうかさえ曖昧だ。



唯一の救いは、そういった状況にもこれといった焦りを感じていない点で、そういう意味では逆にストレスが発生して、自分自身消耗してしまうような、本当にアホなことをしでかす危険性は、まあまずないと考えてよいと思う。





7月最後の日(今日)から始まる10日間、日常あまり深く考える暇がなくて後回しにしてしまっているような面倒臭い問題について、この期間だけはあえて考えるように個人的に決めている。



8月9日の誕生日を前に、最後の10日間でその1年に実際やってきたことを列挙したり、メンタル的にストレスのかかっている箇所を具体的な問題に落とし込んだり、前年と比べた進化と成長の痕跡を確認したりして、根本的な方向性の軸がぶれていないかどうかをチェックする。



そして上記に関係して、毎年この期間は自分に或るひとつのテーマを与え、そのテーマに対する自分なりのセオリーについて、考えることにしている。





今年のテーマは自分が「アホ」になれる時間についてだ。

バランス感覚

「バランス」という単語から浮かぶイメージ、凡庸だけどシーソーとかそこらへん。

シーソーの真ん中らへんで両足に均等に体重かけて、腕組みしながらふらふら立っている感じ。

誰だってとりあえず最初は右にも左にも揺れないように、慎重にバランスをとって静止していられるよう努力する。

でもそのうち余裕でバランスとれるようになってくるとだんだん飽きてきて、ちょっとだけ右足に体重かけてシーソーの端が地面に着く寸前に左足に力を入れ直したりして、今度はバランスを崩して遊ぶのが楽しくなってくる。

もちろんシーソーの端が地面に触れてしまったらだめなわけで、ようは危うい状況の中でバランスを取ろうとする行為自体が、とてつもなくスリリングで楽しいんだと思う。

デジタルとアナログとか、
技術とサービスとか、
プッシュとプルとか、
ニッチとマスとか、
笑いとシリアスとか、
ビジネスとエンターテイメントとか、
エンターテイメントとアートとか、
世の中にはありとあらゆるところにシーソーが潜んでいる。

そしてそれぞれのシーソーの上では必ず、とんでもなく優秀な人たちが腕組みをしながら仁王立ちしていて、自分なりのゴールデンレシオを見つけようと、バランスの限界に挑戦しつつ、右へ左へ身体を揺らしているに違いない。



「バランス感覚よさそうですよね」

つい最近、そういうことを僕に言った人がいて、ついついバランス感覚ってなんだろう、みたいなことを考えてしまった。

「道を極めちゃいました的なね、そういうある意味天才肌でエキスパートな人に対するね、一種のコンプレックスなんですよ」

芋焼酎片手に馬刺しかなんかをつつきながら、特に意図もなく、照れ隠しからなんとなくそういうようなことを言ってみたのに、その瞬間、自分自身の言葉に、はっとしてしまった。

バランス感覚いいねって言われて、それを無意識に褒め言葉として受けとっちゃうタイプって、結局のところ決定的に凡庸なんだと思う。

バランスなんて、取ろうと思えばいつでも取れるけど、そういうことがわかってるからあえてバランス崩すのが楽しくて仕方がない、みたいな感じで生きてる人が、一番かっこいいに決まってる。

バランス感覚いいねって言われたら、不機嫌になってキッと相手を睨みつけられるくらい、つねにハイテンションな男でいられたらなぁと帰りのタクシーで考えながら眠りに落ちた。

ちなみにタクシー代は6300円だった。
Sunday Morning
休日がタイトルになっている曲には好きな曲が多い。


"Sunday Morning"
by The Velvet Underground



Saturday In The Park
by Chicago




On Saturday Afternoons in 1963
by Rickie Lee Jones




Sunday Morning
by Marooon 5



こちらのライブ版もおススメ!


深夜の高尾駅
はっと目が覚めると深夜の高尾駅にいる。

話には聞いたことがあったけれど、いざ自分が体験すると、結構笑っちゃいます。

こんなことなら、無理してホームまで走らずに新宿からタクシーに乗っておけばよかった……

そんなことを考えてみたって、すでに救いなんてどこにもありません。

「ねえ、吉祥寺までいくらぐらいかなぁ?」
「高速使って1万5千円くらいかな」
「……」
「お兄ちゃん、乗るの?乗らないの?」
「……乗りますぅ、というか乗せてください」



深夜の高尾駅、……まったくプライスレスです。



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